Loose Life | 働きたくないしのぶちゃん

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愛猫が教えてくれたこと・死を受けて気づいたこと・最期の御礼

先日、「愛猫・黒猫のジジが死んだ話」を書いた。

1日で死の報告→火葬→納骨が駆け抜け、「寝て忘れたくない」「少しでも正確に状況と感情を記録したい」一心で、思い出しながら、泣きながら約6300字(過去記事最多の文字数)で記録した。

記事作成から今日まで3カ月以上経過したが、これは本当にやって良かった。
書き上げた後は2時間仮眠。起床後は予定があるため、人間的な生活・雰囲気を装ったが、この間、突然泣き出したりしまわないように自分の気持ちジジの記憶に蓋をした。

その後、落ち着いたタイミングで気持ち記憶も思い出そうとした時にノイズがあった。特に、感情を思い出したいのに、心が鈍感になっていた。

一旦蓋をしたせいか、不規則な生活が原因か、多大なショックのせいかはわからない(本能の防御機能が働いたのかもしれない)

だがこの記事を読めば、その時の記憶感情が一気に戻ってきた。
たとえ一旦ジジのことを頭から外しても、あとから時間をかけてジジを偲ぶことができた。

 

しかし最期の項目「ジジが教えてくれたこと」が未完。
なので今回は前回の続きとして、ジジに教えてもらったこと感謝を伝えたいことをまとめる。

また思い出し、泣き、感謝しながら本記事を書こうと思う。

 

そばに居てくれる人達

ジジが危ない時期~死後数日は、目の前で、近くで、愛しい命が失われることによる恐怖・不安・諦め・悲しみに襲われる私と母だった。

しかしそんな私たちは、温かい人たちがそばにいてくれた。

 

私には、急に予定をキャンセルしても「気にしなくて良いから、ジジのそばにいてあげて」「また落ち着いたら連絡ちょうだい」と言ってくれる20年以上の友人がいる。

悲しみに遭った時はすぐ泣いてしまう、挫けてしまう私のことを理解しているからこそ、多くを言わず、最小限の励ましで次の行動を促してくれた。

日頃はふざけてばかりで、アホだのなんだの言い合ってばかりの間柄なのだが、辛い時はいつだって真摯に、面倒臭らず静かに励ましてくれた。

時には私が何も言えずに泣いていたときも、「なんか飲む?」「飯食った?」と、身体を気遣いつつ、何も聞かずに普段と変わらぬ言葉をかけてくれる唯一無二の存在

友達を慰める

そして、荒れた私をずっとそばで見守ってくれたパートナー

死ぬ前は不安に駆られ、死んだ後は思い出して泣き、突拍子もないタイミングで泣いてしまったときも、ただひたすら抱きしめて、頭を撫でながら支えてくれた

そんなパートナーが、泣いてばかりの私を見かねて言ってくれた言葉がある。

「無くなってしまった命を悲しむのも大事だけど、近くにあるモノも大切にしてね。」と。

ハッとした。

 

失われた小さな命が、そんな人達の存在・大切さを再認識させてくれた。

手を繋ぐ男女

食事の大切さ

食事をする女性

前述の友人の母は介護の仕事をしている。そんな彼女が口癖のように言っていたのが、「口から食べられなくなったら終わりだから。」だった。

それは、昔ダイエットを意識していた私に対して、「食べられる時に食べておきなさい。」というニュアンスで言っていたと思う。(その教育のおかげが、友人宅の人間は食欲旺盛。エネルギーに満ちている感じもする)

食欲が失くなる→体重減少→筋肉量低下→運動量と咀嚼力の低下→さらなる食欲不振のループによって死を迎えることは、知識としてもちろん理解していた。

ただ今回のように、愛する命が、間近でこの状態にあるのを目の当たりにし、実感を持って理解した。
「ああ、本当にこういうことで、食べられなくなるとは死に近づくことなのか」と。

元々健康への意識は高い方だが、今後はお腹が空くこと、食事ができるありがたさを噛み締めながら日々の食事を送ることになるだろう。

頭でっかちな私に、食は命の要であると、ジジがその身を以て叩き込んでくれた。

平和がゆえ

悲しみに暮れる日々を送りながら、ふと思ったことの1つが、こんなにジジを思って泣けるのも、私の周りの世界が平和で、ゆっくりとした時間が流れているからだと気づく。

もし私が戦の渦中で生命の危機にさらされてたら、猫の死を呑気に悼んでいられないだろう。次に自分の命が危ないかもしれないのだから。

たかだかペットにこんなに時間と心を割いて涙することができるのは、平和があってこそ。

くつろぐジジ

平和と安寧が大切な理由の1つを、心から理解した気がする。

宗教

これまで私は、宗教に関して無関心だった。
なんなら信じてないというか、「まあそういう考え方持っているといざというとき便利かもね。」くらいの冷めた理解だった(めっちゃ怒られそう)

例えば仏教の世界のという概念。
そんなものは目に見えないし、生き物が死んだらそこには動かなくなった肉の塊があるだけで、後にも先にも何もなくなる。
そう思っていたし、理解したつもりだった。輪廻転生復活なんていうのは、人がこの世に希望を持って生きるために、都合よく解釈した装置に過ぎない、と。

キリスト教

しかし今回のジジので、これらの解釈に縋りたい。そう思い込みたい。そう思い込めたらどれだけ楽かと思う自分がいた。

この時に思った。「だから時に、人には宗教ってものが必要なのかも」と。

絶望の淵や、底知れない不安に襲われた時、頭では理解できても心が追い付かない時、心の拠り所として、宗教が多くの民の心を救ったのではないかと。

某カルト教団の事件もあり、現代の日本人にとって「宗教」はどこか怪しく、信者は「少し変わった人」、なんなら「深く関わりたくない人」という偏見を持たれがちだ。

確かに宗教には負の側面もある。
盲信するがゆえに信者が暴走したり、信じるものを騙したり、利用しようとする教祖がいる場合には、本来あるべき宗教とは外れた存在になるだろう。

しかし本来の「宗教」は、きっとそうではなかったはずだろう。
かつて誰かが「神」や「仏」という言葉を編み出したのは、人を支配するためではなく、耐え難い喪失感に立ち尽くす誰かの背中を、そっと支えるためだったのではないだろうか。
理屈ではどうしても埋められない心の穴を、物語や祈りで埋めること。それは決して「弱さ」ではなく、この過酷な世界を生き抜くために人が獲得した、最も優しく、かつ切実な自己防衛の形なのだと思った。

 

猫であれ犬であれ人であれ、命あるものはいずれ老いて朽ちていく。

そんな悲しみに暮れる人々にとって、目に見えない「魂」や「再会」などという希望は、明日を生きるための切実な祈り。 形あるものが消えても、想いだけは消えないと信じる。それこそが、悲しき別れを乗り越えるための知恵なのかもしれない。

たくさんの思い出

そして最後に、この約15年間、たくさんの思い出安らぎを与えてくれたこと。

子猫だった頃のジジは野良猫だった。6月のある日、母が出かけていた時、何にいじめられたのか、目を負傷した状態で発見した。
見捨てられなかった母は動物病院に連れていき、目の手当てと寄生虫の検査をして実家に来ることになった。

私がジジに初めて会ったのは私が社会人1年目。夕方、仕事から帰宅した時だった。
リビング中央に見慣れぬ箱?カゴ?が置いてあり、開閉できるのようなものがあったので、訝しながら私は中を覗いた。

中には片目を覆われた子猫が香箱座りで佇んでおり、私の顔を見つけると「ニャー」と可愛く鳴いた。そっと蓋を閉め、あまりの可愛さに天を仰いだ。
「なぜここに猫が?でも可愛いからとりあえず何でも良い!」と思った。

その後、自然な流れでこの猫を飼うことに。メスだけど、黒猫だからと名前を「ジジ」と命名。
目は無事に回復し、毎日「可愛い」「可愛い」と言いながら過ごしていたら、小さかったジジはすっかり大人の猫に育った。

 

色んなものに興味を持って一緒に遊んだ(遊んでもらった)子猫時代。
すっかり落ち着いて、こちらが遊ぼうとしても面倒そうにしながらも遊んでくれた大人時代。
病気になったりと色々あったが、「ばあちゃんになってもずっと可愛いんだねー」なんて声かけた老猫時代。

それぞれの時代で、私がジジを見る目も変わっていった。
庇護する対象、守るべき子供を見る目から、一緒に遊ぶ友人に変わり、晩年は何でも黙って聞いてくれる母のような存在になっていった。
きっと私はジジの中に、単なる動物以上の「人格」を見ていたのだと思う。
それほどまでに、ペットという枠を超えた、本当に家族のような存在だった。

 

ジジが来てから、実家に帰ればそこにはジジがいるのが当たり前になった。
そんな素敵な15年にしてくれてありがとう。私たちのそばで生きてくれてありがとう。

かけがえの無い時間を、ありがとう。

生まれ変わり

「猫は9回生まれ変わる」「愛猫の死後1年後に会った猫は、その子の生まれ変わり。」

猫好きの方なら一度は聞いたことがあるジンクスではないだろうか。
別に熱心に信じているわけではない。けれどこういう気持ちの時はその話を信じたい・期待したくなるものだ。

ジジが何度目の人生だったか知らないが、たとえ10回目でも生まれ変わって、私や実家の母を思い出して、会いに来てくれないだろうか。

それまでは私も母も猫のように、互いの傷と悲しみを舐めあいながら、ジジがいない生活に慣れていこう。

そして寂しさを忘れた頃に、私たちのもとに「久しぶり」と現れるかもしれない。また同じ黒猫の姿でも、そうでなくても構わない。

ルーティンを大切にしていたジジのこと。その時は母と私とジジで、また同じ生活を始めよう。

 

15年分の癒しと愛を、私は一生忘れることはないだろう。
今まで本当にありがとう。ずっと、ずっと大好きだよ。

 

今はすべてを昨日のことのように語れるし、容易に思い出すことができる。
約15年、たくさん一緒に過ごしてきたのに、今振り返れば、それは瞬きをする間のような、あまりにもあっという間の出来事だったように思える。

終わりに

前回の記事を書いている時は、当日のことを鮮明に思い出し、涙で画面を曇らせながら筆を走らせた。しかし、今回こうして「教えてもらったこと」を書き終えてみると、悲しみの中に確かな温もりが混じっていることに気づく。

ジジが遺してくれた教訓と、周りにいてくれる人たちの優しさ・ありがたさを胸に、私の人生を歩んでいこうと思う。

私の人生に、彩りと愛、教えをくれたジジに感謝を。