2026年1月3日の16時12分、約15年生きた実家の黒猫が死んだ。
初めて飼った猫で、性別はメス。赤い首輪をつけて、名前はジジだった。
この世からたった1匹、黒猫が寿命でいなくなっただけだというのに、古い友人や母親を無くしたような最悪な気分。
近しい身内が健在の私は、かつてないほどの喪失感を味わっている。ペットの死は今回が初めてではないのに、こんなにも苦しく悲しい気持ちになるとは、自分でも想定外なのである。
実家に帰る頻度は月に1度〜2ヶ月に1度程度のこと。
実家で共に長い時間を過ごした母に比べれば一緒の時間は少なく、たっぷり世話をした訳でも無いのに、
ただ"確実にそこからいなくなった"。
そして"二度と戻らない"。"一緒に過ごす時間が二度と訪れない"。
その事実がこんなにも涙してしまう。
今日ここに黒猫ジジの永眠について記すのは、ひとつは私の気持ちの整理のため。
ふたつはジジの最期をつぶさに漏れなく記録し、忘れないようにするため。
みっつは黒猫の最期の一例としてネットに残し、世の愛猫家の方々の参考にしていただくためである。
こうすることで私なりに、ジジに対して最期の感謝と、区切り・手向けとしたいと思う。
※以下、メンタル不安定のため長文・乱文であり、辛い記憶を呼び起こす可能性があります。
異変
異変に気づいたのは2025年11月下旬。
いつもの如く、何かしらの用事があって実家に寄った際、いつもは比較的ふっくらしていたジジがスリムに…いや、触ると骨を感じる程に痩せていることに気づく。
母に聞けば、「最近尿路結石予防の餌(通常与えるメインの餌)を食べずに、歯磨き機能のある餌(一度に5〜6粒が目安)ばかり偏って食べている。」とのこと。
また、これまで人間の食べ物には全く興味を持たなかったのに、最近は母の食べ残しを食べようともしていると。
「高齢猫だし、食の好みが変わった?顎が弱くなって硬い餌だと食べにくかったり?」などと思い、これまでは好まなかった柔らかい餌なども視野に、得意の成分比較も活かしながらジジの食べそうな餌探しに勤しんだりした。
このときは、餌を変えれば興味を示して少しは食べてくれていた。
とりあえずは食事したのを見届けて、「しばらくはこれで様子を見よう。」と数種類の餌を置いて実家を出た。
しかし後に調べた所、これは死期の近い猫に見られるサインの一つだと知ることになる。
嫌な予感
同年12月30日。寒さ極まる年の瀬である。
突然母から一通のLINEが届く。「ジジはもう長くないかも」と。
この1ヶ月の間に何があったのか、何故そう思うのか尋ねると、あれから餌を変えてもほとんど口にしなくなり、淋しいのか、痩せこけた身体で普段より母の後をついて周ることが増えたと。
これに違和感を覚えた母がネットで調べた所、このジジの行動の多くが死期の近い猫に見られるサインに該当した。
水は飲む・飲みたいようだが自らは進んで飲まないようで、ぬるま湯にして(寒い時期は暖かくしてやれと助言済)口元に持っていけばガブガブ飲むらしい(視力・嗅覚が落ちていたのかも)。
食べないので便の量は減り、当然筋肉も落ちて歩く姿もおぼつかない。かつて元気に階段を昇り降りしたり、机や棚の上に飛び乗る姿はもはや無い。
水を飲む→日当たりの良い場所で日向ぼっこする→トイレで尿を出す→寝るの繰り返しで、ほぼ水だけで辛うじて生きている状態だった。寝る時間も相当に増えていると。
当初の予定では31日の大晦日に実家を訪れる予定だったが、この知らせを受けて急遽実家を訪れることにした(自宅→実家は車で約20分程度)。もしかしたらもう生きている状態で会えないかもしれないから。
母は外出していた。私が部屋の扉を開けても、ジジは鳴くことも隠れることも、擦り寄ることもなかった。
温かいホットカーペットと毛布の上で、アンモニャイトの体制で眠っており、すぐそばまで近づいてもピクリとも動かなかった。
うっすら眼球が見えているようで、まさか死…?と思ってそっとおでこを撫でると、「…なんだお前か」とばかりにゆっくり目を開け、座っている私の太ももに痩せこけた身体を乗せてくれた。
私は堪らずキュッと抱きしめた。いつもならこうすると鬱陶しそうに腕からすり抜けていくのだが、このときは抵抗する気力も無いのか、どこにも行かず受け入れてくれた。
目の前の今にも消えてしまいそうな命に、どうしようも無く胸が苦しく、涙が溢れた。
「明日も来るからね。まだ死ぬなよ。」と声をかけて、その日は母に会わずに実家を後にした。
祈りと不安の3日間
翌日の12月31日。ジジの様子について改めて母と会話・検証をした。
トイレに行く様子を見せても、歩き疲れたのか途中でその場に座り込んでしまうこと。寒いところは苦手なはずなのに、タイル張りで極寒の風呂場に佇んでいたことがあったことを知る。
前者は体力の低下もしくは認知症、後者は体温調節機能の低下による行動ではないかと予想した。体毛越しに感じる体温も、元気な時と比べて低くなっている。
以降母は、無理に生き延びさせようとするのではなく、緩和ケアにシフトチェンジ。
ジジが面倒がないように餌や水、トイレを母の自室(ジジの好む部屋)に移動させたり、爪とぎをしなくなって伸びた爪を切り、毛づくろいをしなくなった毛並みを梳かしたりして、ジジが快適に過ごせるように努めた。飲みたいとき・食べたいときにすぐありつけるよう、ぬるま湯や乾いた餌も交換しながら欠かさず置いた。
しかしこれは、ゆっくりと近づく死をひたすら待つだけのようで、抵抗できないことの恐ろしさがあった。
死ぬ前にしては死臭がなく、毛並みがまだ綺麗であること(他の家の猫を見たときの状態との比較)から、最長で1週間は保つかな?などと話した。
このときの心境は、「1週間と言わず、1年でも2年でも…」という願いもあれば、「この状態で生き続けることはジジにとって苦痛でしかないのでは?」「それをずっと見守る母の気持ちは?」など複雑な思いであった。
ただなんにせよ、この時点で私はジジを看取る・最期を見守ることはできないだろうと判断。
帰る間際、「私は最期を看取れないと思うから、エンジェルタイムが来たと思ったら動画取っておいてよ。」と母に伝え、年明けを迎えた。
世間は年始のおめでたいムードであったが、私はいつジジの訃報が届くか、もし私が寝ている間に訃報が届いたら…?と気が気でなかった。夜は眠れず、やっと寝れたと思ったら寝すぎて昼夜逆転(周った結果途中普通に戻る)。食事のリズムも乱れて1日1食で過ごすなど荒れたものだった。
後に、母も同じように食事も喉を通らず、寝るときも起きるときもジジに合わせたリズムであったために寝不足であったと知る。
大の大人がこれほどになってしまうまでに、私と母にとってはかけがえのない存在だったのだ。
エンジェルタイム
そして運命の1月3日の16:00頃、エンジェルタイムは突然訪れた。
ここから先は母の証言を基に記す。
母は、正月の3が日をジジと過ごすと決め、ずっとそばで様子を見守り、ケアを続けていた。
体育座りの母のお腹の上や腕の中で過ごしていたとき、ジジが思い出したように後ろ足で耳のあたりを掻く動作を始めた!母の服を噛んだ?と思って見れば、自身の毛を噛んで毛づくろいするような動作を始めたのだ!
かつての元気なジジがとった行動を再び目の前にした母は、「これがエンジェルタイム…?!」と急いでスマホを取り出し、動画を撮ろうと試みたようだが、後で見ると全く撮影できていなかった。
自身のお腹の上という眼前であったし、スマホ越しではなく肉眼に焼き付けたかった、直接見守りたかったと。私は酷いお願いをしたと反省した。
2〜3度、届かないまでも両足で耳を掻こうとする姿に、母は「いい、いい、何度でもいっぱい、思いっきり掻け」と声をかけた。
この間、ほんの数分の出来事であった。
エンジェルタイムの平均時間は数時間〜1日とネットにあったが、ジジのエンジェルタイムは1時間も無かった。
最期の瞬間
エンジェルタイムが終わり、また静寂が訪れる。
そんなジジを観察するため、筋肉が弱って座らなくなった首を赤子の頭を持つように右手で支え、左手と太ももで身体を支えていたときだった。
ジジが大きく見開いた目で母を見つめ、牙が全て見えるくらい大きく口を開けた。
一瞬「え?般若みたいな顔、怖い、何?」と思ったようだが、コンマ数秒後、母は気付いた。
「もしかして、鳴いている?」
声は全く出ていなかったが、大きく口を開閉する姿は懸命に鳴く猫のそれだった。
「猫が人に向かって鳴くときは伝えたいことがあるから」というのが本当に本当なのだとしたら、ジジは最期母に、何かを伝えたかったということだ。
苦しくて怖いのか、「先に逝くよ」と合図したのか、これまでの感謝なのか、真実はジジのみぞ知るところだが、そこに神秘的な意味を感じずにはいられなかった。
口を2〜3度パクパクした直後にジジの目を見ると、金色の縁と黒目の境目が徐々に曖昧になっていることに気づく。これが瞳孔が開くというやつだったのかもしれない。
最期は眼球全体がエメラルドグリーン色になり、瞳から光が失われた。目を開けたまま、その瞳は母を見つめたまま動かなくなった。
猫は「見えない場所で死ぬ」とよく言われるが、ジジは最期、カーテンの隙間から夕日が差し込む母の部屋で、母とふたりきり、母と見つめ合ったままその生涯を終えた。
永眠
ジジの呼吸と心臓が止まるのを確認した母は、ジジの死を私に連絡した。
ジジの最期の画像を添えて、「16:12分、御臨終です」と。
予感していたはずなのに、事前に覚悟してたくさん泣いて目を腫らしたはずなのに、LINEの連絡を見た瞬間に心臓がグッと苦しくなった。
ちょうど近くで車移動していた私は、その日友人と遊ぶ予定をキャンセルして実家へと進路を変更した。
連絡をもらって約20分後、私は実家に到着し、何も声を発すことができないまま母の部屋の扉を開ける。母も私に気がついたが、何も言わずにジジのいる方を指さした。
そこには、いつも使っているブランケットに包まれたジジの姿があった。
噂で聞いたような毛並みの悪化や死臭は感じなかった。話しかけて、おでこを撫でたら今にも目を開きそうないつもの可愛い、愛しい姿だった。
「ジジ…」と声をかけた瞬間、涙が溢れてしまった。まだ身体も少しあたたかかった。後ろからは母の鼻をすする音が静かに聞こえた。
火葬
しかし泣いてばかりもいられない。ジジがもっと可哀想な姿になる前に火葬の予約をする必要があった。
母が候補としていた寺の受付が17時までのため急いで連絡すると、「4日から釜のメンテナンスに入り、その後しばらくは火葬ができない。本日お越しになれるなら門を開けておきます。」とのことだった。
母の予定としては3日はジジを偲びながら遺体と1日過ごし、4日に火葬を依頼する予定だったが予定が早まった。私は最期は看取れなくても、火葬は立ち会いたいと思っていたので迷わず同行する。
運ぶために猫バッグにジジを収めようとしたところ、ブランケットが濡れていることに気づく。尿がでていたのだ。
まだ生きていた頃、「最期は動けなくなってトイレに行けず、お漏らしするかもしれない」と、介護も視野に話をしていたが、最期までトイレは自分の力でしていた。
最期まで自力で歩き、初めてのお漏らしは死後の一度だけ。綺麗好きで自立心のあるジジらしかった。
車を出し、実家から30分で寺に到着。お焼香と納骨の際に御経を読んでくれるお寺であったため、受付でジジの名前を書くように促される。火葬場に着くと正面に仏壇があり、その前にジジを置くよう言われる。
猫バッグのままでも良かったようだが、ジジは生きていた頃、猫バックが大嫌いだった。
なので母は、「取り出しても良いですか?ジジ、このバッグに入ると嫌なこと(主に病院)があると思って大嫌いだったんですよ。」と、少し笑いながら断りを入れて、そっと取り出す。
ブランケットを外して仏壇の前に横たわるジジ、目の前のお焼香、そばで読まれる御経で「あ…もうこのあと燃やすんだ。本当にさようならなんだ。」と急に実感して目に涙が溜まる。
お焼香が終わるとジジを火葬台に移し、一緒に餌も口元に置いた。待合室で1時間ほど待ち、再び火葬場に戻ると、骨になったジジと再会した。
この時は意外と冷静で、「猫って関節が多いから全部拾おうと思うと大変だよ」なんて冗談を言った。猫の骨を見るのが初めてで、興味の方が勝ったのかもしれない。
ひとつ発見だったのは、もう糞便全て出しきったと思われていたが、骨に紛れて5粒程度の糞があったのだ。
「やっぱり最期の糞は気張らないと出ないもんね」「元々便秘っぽかったし」なんて言いながら納骨が終了。可能な限り、指先の小さな骨まで2人でいっぱい詰めた。
可愛い水色の袋に瓶を収めていただき、そっと抱えて実家へ持って帰った。
焼いてすぐの骨を納めた瓶は少し温かく、ジジの体温のようだった。車に揺られて陶器製の蓋と瓶の擦れる「リン、リン」という音は、ジジの首輪につけた鈴を連想させた。
ジジが死んでから骨になるまで、あっという間のわずか2時間半の出来事だった。
後悔
その後は夜中まで実家で母と過ごした。
ジジの話、これまで飼ったペットの記憶、今回の騒動で互いが考えたことなどをぽつりぽつりと、思い思いに語った。
次の日は2人とも予定があるのに、帰るのは夜中の1時を過ぎていた。母はどうだったかわからないが、私は正直一人になりたくなかった。暗い時間にひとりでいると、たくさんのシーンを思い出して号泣してしまいそうだったから。
案の定、車に乗って実家から距離を取った場所から涙が溢れ出た。
そして、不安でいっぱいだったここ数日のことを泣きながら思い返していたら、ふと思い至ってしまったことがある。
この期間、「可愛い」と声をかけてやれたなかったのだ。
もしかしたら、数回程度は言っていたかもしれないが、元気な姿を見せてくれてた時ほどは伝えていなかっただろう。
これでは天界に行った時に、「あなたの名前はなんですか?」と聞かれても「可愛い、です。」と言い切れないかもしれない。
痩せ細ったおぼつかないジジの観察に終止し、情報を調べては不安に浸ってしまい、最後に目一杯可愛いと伝えることができなかった。
ただそんなこと、ジジは求めていないのだとしたら、後悔だと思うのは私のエゴなのかもしれないと同時に思ったりする。
とはいえ、もし今あなたの近くに死期が近い愛猫がいるなら、もしその子の死後、私のように後悔しそうだと思うのであれば、最期まで浴びるほど「可愛い」と伝えてあげてほしい。
本記事を読んでくれたあなたには、私のような後悔をしないでほしい。
ジジが教えてくれたこと
人は近しい人・生き物が死んだ時、その一生や出会いには意味や価値があったと思いたい生き物だと思う。少なくとも私がそうである。
今回の件も、年末年始の間ずっと考えていた。私はジジをただ愛玩として見ていただけなのか?それだけだったら何故こんなに悲しいのか?
それを書こうとしたらジジ、もう朝になってしまったよ。今日は一旦筆を置くこととするね。